お説法の一つ・自因自果の話

法話
お説法

自因自果は仏教の教えの根本的なところです。
今、起こっている事は、全て自分が原因で、結果があるという事です
別に、因果応報ともいわれます。少し、厳しい言葉ですね

この、自因自果という言葉、ほんとに深い意味があります。仏教では、自分のまいた種(自因)で、収穫ができます(自果)。他因自果は無いと言っています。
他因自果・・・例えば、「あいつのせいで、こうなった」「あいつが要らん事をするから、こんな事になってしまった」「あいつと出会わなければ、ちゃんとできたのに」・・・・。

ご本尊

俗世間では、自分の不遇を、人のせいにする風潮があります。仏教の教えでは、否定しているんですね。

自分の現在の結果は、全て、自分が蒔いた種から生まれている。でも、実をつけるのには、土・水・太陽が必要です。仏教では、これらを全て、「縁」といいます。

例えば、自分が始めた仕事がうまくいかない。村上ならば、誰かのせいにしますよね。また、世間のせいにしますよね。うまくいくはずだった事業プランも、うまく進んでいない。世間が悪い、客に見る目が無い、スタッフの協力がない、他の業者の価格攻勢で負けた・・・全て、他人のせいでうまくいかない。まさに、他因自果。世間・客・スタッフ・同業他社のせいで、うまくいかなかった。全ては「他因」のせいで、うまく行かない。気持ちは、すごくわかりますよね。事業に関係なく、人間関係でも、あいつのせいで、うまくいかなかった。そんな事、考える時があります。

でも、仏教ではこう教えます。立ち上げた仕事がうまくいかなかったのは、自分の事前調査が不足やった事・自分の事業計画が甘かった事・・・・。いろんな事が原因です。これすべて、自分のしてきた事の結果です。他人(世間・第三者)のせいで、うまくいかなかった。そんな事はありません。全て、自分の責任です。大根の種をまけば、にんじんはできません。大根しかできないんです。

そんな教えをするのが仏教です。心に響くお説法を頂きました。ならば、前向きに考えて、将来に向けて、いい結果を出すために、今、いい種をまこう。それが、前向きな考えです。村上はこの説法を聞いて、考え方が、進みました。なんでも、前向きにやっていこう

こんな事を聞くと、今、頑張っている努力も、捨てたものじゃないよね・・・。そう、思います